2023-01-01から1年間の記事一覧

映画評『寝ても覚めても』(2018)

Ⅰメロドラマとは 「メロドラマとはなにか?という問いにひとことで答えることは難しい。が、過剰なる感情のための過剰なる形式であるととりあえず定義しておくことはできるだろう。たとえば愛に身を焦がすひとりのヒロインがいる。メロドラマ映画は、ありと…

引用 シャンタル・アケルマンについて『映画史 入門』より

何人かの映画作家は、断片的な物語を厳格で禁欲的にミニマルに描く戦略を追求した。 その最たる例がシャンタル・アケルマンであり、この頃もっとも影響力のある女性監督の一人だった。アケルマンのミニマリズムというのは欧州が源というよりかは、ウォーホル…

映画評『草原の輝き』(1961)

『草原の輝き』(1961)はいわゆるウェルメイドな映画だと感じた。ストーリーは20年代のカンザス州という保守的で家父長制の権化のような環境に抑圧された高校生の童貞バッドと処女ディーニーのカップルがいる。性欲に負けた男の方が誰とでも寝る女で性体験…

引用『Me キャサリン・ヘップバーン自伝』

「『愛の嗚咽』に出演するため、私が一九三二年にカリフォルニアへ足を踏み入れたとき、ジョン・フォードはRKOではたらいていた。せまい撮影所だったせいで、そこではたらいている人たちはいやでも知合いにならざるをえない。フォードは全員の尊敬をあつめて…

運動表『暗黒街の弾痕』(1937)

運動表『暗黒街の弾痕』(1937) 法廷、秘書のシルヴィア・シドニー、果物屋に絡まれる。検事がタバコを吸い、判事が火を渡す、「検事と判事が仲がいいなんて!」。ヘンリー・フォンダの陰口。果物屋、警官に食われる。 シドニーと姉、荷造りを喜んで。 刑務所…

映画評『警察官』(1933)

内田吐夢の『警察官』は國民の創生だ。そもそも、警察というのは国家権力という装置によって成立する暴力による抑圧である。そして、それはまさしく近代においてこそ誕生した制度である。この『警察官』において見せつけられるのは、個人として哲学を語り、…

映画評『上原二丁目』

松濤美術館の「「前衛」写真の精神: なんでもないものの変容」で一際目を引いたのは大辻清司の写真である。ただ書斎のモノを陳列しただけの写真、ただ仏壇で拝む人を撮った写真、ただ商店街を撮っただけの写真。それら何でもないものがどれだけ活気づいてい…

コント『A'』

1 夜 ある夫婦の家 アンバーの明かりがついた部屋はごちゃごちゃと散らかっている。旅行の写真、DVD、テーマパークのグッズその他いろいろ。 夫婦の声が聞こえる。 妻の声「ねえ、早くあの宇宙人を追い出してよ」 夫の声「いや、確かに女だか男だかわからな…

エッセイ『他人と一緒に住むという事』(2023)

Youtubeで筋金入りの映画研究者が撮った、女殺し屋を描いた映画が、いわば60年代ゴダールに「カツゲキ」を身に纏い、スタイルだけのディアオ・イーナン、オリヴィエ・アサイヤスほかの地点に足をつけていたように思えた。たしかに、「形式が内容を決定する」…

エッセイ「ボウイが死んだ日」

たまたま随分早起きだった。寝ぼけ眼にテレビをつけるとデヴィッド・ボウイのMVが流れていた。ぎらぎらとしたペイズリーの衣裳をまとい、そのか細い痩身で歌いあげるStarmanがほとばしる。湧きあがった高揚感にはすぐに霜が降りた。ボウイが死んだ。あのボウ…

映画評『女は男の未来だ』(2003)

通しで見たが何が優れていてどこが面白いのかさっぱりわからない。恋人がレイプされたことを告白すると手を震わせながらコップを口に運ぶ芝居からして心理的で紋切り型と言わざるをえない。日常的な風景という書き割りを模した様式的なほんとうらしい演技が…

エッセイ「憎いもの」

それにしても、いちばん憎いのは自分の人格である。いままで随分損をしてきた。それもこれも、たぶんおそらく、自分の持ち前の能力を過小に評価してきたことに原因があると思う。他人に振り回されて。俺は自分を大切にしてはこなかったのである。だ、それは…

映画評『ファントム・スレッド』(2017)

完璧を追い求める仕立て屋ウッドコック(ダニエル・デイ=ルイス)が、田舎のウェイトレスのアルマ(ヴィッキー・クリーヴス)を見出したところ、モデルとしては抜群だったが実生活では馬が合わず拗れてしまうというもの。 そこで、アンダーソン監督は階段と眼鏡…

映画評『俺たちの血が許さない』(1964)の妙な湿り気

床にばら撒かれたガラスの破片を、黒い背広がかき集める。スター俳優のはずの小林旭がまったく飾らずに、しかし不穏さを伴って現れる。彼はこの夏祭りが催されるぐらいの時期の、湿った暑さに対して、実家にあがろうと真っ黒な靴下さえ脱がずに居心地悪そう…

映画評『飛行士の妻』(1981)

リタ・アゼヴェート・ゴメス監督の『変ホ長調のトリオ』(2022)では、コーヒーを作りに行くとカメラはそのキッチンへとスイッチングすることなく人物がフレームアウトして画面の外で、オフの空間で飲み物を用意するショットが撮られている。 これはむろん、『…

映画評『騙し絵の牙』(2021)

暇つぶしとしては楽しんだのだが、荒唐無稽さにリミッターがかかっている。この映画は多くの会話を多くのアングルで撮り過ぎている。たかだか料亭で意味深に会談する佐藤浩市と斎藤工のシークエンスを20箇所ぐらいアングルを変えて撮っていてせわしない。 基…

映画評『殺しの烙印』(1967)

燃えるトランプ、刺しっぱなしの鍵、浮かびあがるナポレオンの瓶、切り裂かれる写真、真理アンヌ、小川万里子の左眼、といった不可解なクロースアップが、ショットのリズムを刻んでおり、画面の連なりの感覚をズラしている。 律儀な物語作家であれば、猿島の…

映画評『Red』(2020)

『Red』と言うからには、貪りあいながら擦りながら熟れて赤々と熱っていく唇と唇との交わりを表しているのかと思いきや、単にグレーディング、ライティングのほどよい按配の調節に過ぎず、じゃあファーストカットの黒ずんだ布切れをまさかフィクションとして…

映画評『スウィングガールズ』(2004)

川原で水浴びをしながらルーズソックスを振りまわし、はしゃぐ少女たちのワンショットは途方もない。あれはフォードやルノワールより上だ。 安易に美しいと耽美に浸る余韻をも残さぬ、粋な充実ぶりを『スウィングガールズ』は抱いている。 楽器の使い方どこ…

映画評『千羽鶴』(吉村広三郎監督、1953年)

透き通った風が背の高い笹の葉を揺らす。思わず、茶室にいた森雅之と木村三津子はそちらの方に視線を向ける。森はその隙にふと木村三津子の顔をじっと見つめる。伊福部昭のスコアとともに昂る視線劇は見事としかいいようがない。 まず、森雅之は女ばかりでる…

映画評『火口のふたり』

アヴァンタイトルの3カットで紛れもない傑作であると察する。 1.荒涼とした河川敷で釣糸を垂らそうとする柄本佑。鉄橋の上を走る列車が見えるくらいの上からのロングショット 2.糸を垂らしたドウサに、アクション繋ぎでカメラは柄本佑の横に移動。小津的な構…

映画評「春画先生を抱きしめたい」

「抱っこするのが多かったよね」と北川景子が錦戸亮に話を振り、車椅子から身体を持ち上げるのが反動もつけることができないから大変だったと語る。この『抱きしめたい』(2014)の特典映像のツーショットインタビューは極めて貴重な内容であった。 どこまでも…

映画評『モンスターハンター』(2020)

愚かしいまでに薄っぺらな表層と戯れる野蛮さには涙した。 画面の質は上等で、そびえる砂丘に立ち尽くすミラ・ジョヴォヴィッチを逆から入った光で顔を浮かびあがらせてうつくしく照らしている。 もう少しショット数を抑えて説明でドローンのイントレランス…

掌編小説『聖ボウイ』

円筒型の書類ケースの中に『戦場のメリークリスマス』のポスターを丸めていれた。簡単だった。映画が上映したばかりの映画館ほど暇なものはない。受付嬢は携帯をいじるばかりで何も見ちゃいなかった。俺はそのままエレベーターを降りた。 何食わぬ顔で新宿を…

エッセイ「ゴダールの古典性」

『勝手にしやがれ』でシャンゼリゼ通りを歩くジャン=ポール・ベルモンドとジーン・セバーグを、郵便局の台車に偽装したキャメラの移動車から広角レンズでぐらぐらと揺れたフレームから撮った頃のゴダールとクタールの創造的なコラボレーションは一度切りだ…

掌編小説『鼠の暮らし』

今考えると信じられないことだが。僕は中学生の頃合気道へ行くのが嫌で、サボって近くの図書館で時間を潰していた。そこは黒沢清のホラー映画のロケ地にも使われるぐらい郊外にある、小汚く無機質で地味で殺風景な死んだ建物だった。半地下にあるものだから…

映画評『ビッグ・アイズ』(2014)

歪んだ貌の果てに エイミー・アダムスの頭身は、ハイアングルあるいはローアングル、広角レンズによって歪められ、4.5頭身の醜い姿に映っている。 映画は、彼女の身体を戯画化したのみでは飽き足らず、逆光によってターコイズ色の瞳を輝かせ、まさにビッグア…

映画評『イエスタデイ』(2019)

『イエスタデイ』が並みの映画なのは冒頭の数ショットの連なりを見ればわかる。 通りで弾き語りをしているヒメーシュ・パレルの後ろ姿をロングショットで納め、画面をわざとスカスカにして誰も足を止めないことを示し、手前をやる気のなさそうに歩くウサギの…

映画評『めまい』(1958)

むやみに近づいてはいけない。遠くのほうにいるキム・ノヴァクへの接近は決して許されないのだ。だが、その距離の計測をむきだしとなった肉体と肉体とが接吻と抱擁によって絡みついて無効にしてはいながら、その叙情的かつ官能的な余韻までもがあえて中絶さ…

翻訳『モロッコ』(1930)

1街 男 糞つかまされた! ひでえロバだ、お前は 将校 とまれ!/とまれ!/休め! 軍曹 聞け、愚図ども/無事帰還したとはいえだ/こうはつけあがるなよ/「俺たちは英雄だ」/「酒池肉林の宴だ!」/馬鹿者め/しゃんとしろ/死んでも襟を正せ/いい加減にしろよ、貴…