引用『Me キャサリン・ヘップバーン自伝』

「『愛の嗚咽』に出演するため、私が一九三二年にカリフォルニアへ足を踏み入れたとき、ジョン・フォードRKOではたらいていた。せまい撮影所だったせいで、そこではたらいている人たちはいやでも知合いにならざるをえない。フォードは全員の尊敬をあつめていた。その業績は度外れのものだった。まわりには、マッチョな男たちが軍団を形成していた。男たちはフォード映画の常連だった。

 あてはまる役さえあれば、彼らはかならずといってよいほどその映画に顔を出していた。なかのひとりにジョン・ウェインがいた。彼を掘りだしたのはジョン・フォードだった。

 フォード組は六、七人でグループを組んでいた。ワード・ボンドもそのひとりで、全員が百八十センチを優に超える長身ぞろいだった。彼らはフォードのアラナー号(このクルーザーの全長は、たしか四十メートル近くあった)に乗りこみ、よく海へ出ていた。カリフォルニアの沖からメキシコの沿岸へと南下し、ひたすら酒をあおって酔っぱらうのだ。しばらくたってもどってくると、ジョン・フォードは酔いをさまし、軍団の何人かをつかってふたたび新作にとりかかる。『怒りの葡萄』ではへンリー・フォンダ。「駅馬車』ではジョン・ウェイン。『男の敵』ではヴィクター・マクラグレン。フォードと私は、会ってすぐ友だちになった。魅力的だが手に負えない男であることは、すぐにわかった。人生が船だとすれば、彼は自分の船の艇長であり、その意見にはあまりさからわないほうがよさそうだった。いわゆるフォード組は全員が男だったけれど、彼は私のことを寛大にとりあつかってくれた。フォードお気に入りの女優といえば、クレア・トレヴァーモーリン・オハラだ。この人たちはフォードの意見にけっしてさからわなかったと思う。モーリンはとてもきれいな人だった。ほとんどのフォード作品はいわゆる「男性映画」で、女優はどうしてもサシミのツマあつかいされてしまう。」キャサリン・ヘップバーン著、芝山幹郎訳『Me キャサリン・ヘップバーン自伝』ME: STORIES OF MY LIFE BY KATHARINE HEPBURN(文藝春秋、一九九三年)304頁より引用