2023-11-01から1ヶ月間の記事一覧

映画評『女は男の未来だ』(2003)

通しで見たが何が優れていてどこが面白いのかさっぱりわからない。恋人がレイプされたことを告白すると手を震わせながらコップを口に運ぶ芝居からして心理的で紋切り型と言わざるをえない。日常的な風景という書き割りを模した様式的なほんとうらしい演技が…

エッセイ「憎いもの」

それにしても、いちばん憎いのは自分の人格である。いままで随分損をしてきた。それもこれも、たぶんおそらく、自分の持ち前の能力を過小に評価してきたことに原因があると思う。他人に振り回されて。俺は自分を大切にしてはこなかったのである。だ、それは…

映画評『ファントム・スレッド』(2017)

完璧を追い求める仕立て屋ウッドコック(ダニエル・デイ=ルイス)が、田舎のウェイトレスのアルマ(ヴィッキー・クリーヴス)を見出したところ、モデルとしては抜群だったが実生活では馬が合わず拗れてしまうというもの。 そこで、アンダーソン監督は階段と眼鏡…

映画評『俺たちの血が許さない』(1964)の妙な湿り気

床にばら撒かれたガラスの破片を、黒い背広がかき集める。スター俳優のはずの小林旭がまったく飾らずに、しかし不穏さを伴って現れる。彼はこの夏祭りが催されるぐらいの時期の、湿った暑さに対して、実家にあがろうと真っ黒な靴下さえ脱がずに居心地悪そう…

映画評『飛行士の妻』(1981)

リタ・アゼヴェート・ゴメス監督の『変ホ長調のトリオ』(2022)では、コーヒーを作りに行くとカメラはそのキッチンへとスイッチングすることなく人物がフレームアウトして画面の外で、オフの空間で飲み物を用意するショットが撮られている。 これはむろん、『…

映画評『騙し絵の牙』(2021)

暇つぶしとしては楽しんだのだが、荒唐無稽さにリミッターがかかっている。この映画は多くの会話を多くのアングルで撮り過ぎている。たかだか料亭で意味深に会談する佐藤浩市と斎藤工のシークエンスを20箇所ぐらいアングルを変えて撮っていてせわしない。 基…

映画評『殺しの烙印』(1967)

燃えるトランプ、刺しっぱなしの鍵、浮かびあがるナポレオンの瓶、切り裂かれる写真、真理アンヌ、小川万里子の左眼、といった不可解なクロースアップが、ショットのリズムを刻んでおり、画面の連なりの感覚をズラしている。 律儀な物語作家であれば、猿島の…

映画評『Red』(2020)

『Red』と言うからには、貪りあいながら擦りながら熟れて赤々と熱っていく唇と唇との交わりを表しているのかと思いきや、単にグレーディング、ライティングのほどよい按配の調節に過ぎず、じゃあファーストカットの黒ずんだ布切れをまさかフィクションとして…

映画評『スウィングガールズ』(2004)

川原で水浴びをしながらルーズソックスを振りまわし、はしゃぐ少女たちのワンショットは途方もない。あれはフォードやルノワールより上だ。 安易に美しいと耽美に浸る余韻をも残さぬ、粋な充実ぶりを『スウィングガールズ』は抱いている。 楽器の使い方どこ…

映画評『千羽鶴』(吉村広三郎監督、1953年)

透き通った風が背の高い笹の葉を揺らす。思わず、茶室にいた森雅之と木村三津子はそちらの方に視線を向ける。森はその隙にふと木村三津子の顔をじっと見つめる。伊福部昭のスコアとともに昂る視線劇は見事としかいいようがない。 まず、森雅之は女ばかりでる…

映画評『火口のふたり』

アヴァンタイトルの3カットで紛れもない傑作であると察する。 1.荒涼とした河川敷で釣糸を垂らそうとする柄本佑。鉄橋の上を走る列車が見えるくらいの上からのロングショット 2.糸を垂らしたドウサに、アクション繋ぎでカメラは柄本佑の横に移動。小津的な構…

映画評「春画先生を抱きしめたい」

「抱っこするのが多かったよね」と北川景子が錦戸亮に話を振り、車椅子から身体を持ち上げるのが反動もつけることができないから大変だったと語る。この『抱きしめたい』(2014)の特典映像のツーショットインタビューは極めて貴重な内容であった。 どこまでも…

映画評『モンスターハンター』(2020)

愚かしいまでに薄っぺらな表層と戯れる野蛮さには涙した。 画面の質は上等で、そびえる砂丘に立ち尽くすミラ・ジョヴォヴィッチを逆から入った光で顔を浮かびあがらせてうつくしく照らしている。 もう少しショット数を抑えて説明でドローンのイントレランス…

掌編小説『聖ボウイ』

円筒型の書類ケースの中に『戦場のメリークリスマス』のポスターを丸めていれた。簡単だった。映画が上映したばかりの映画館ほど暇なものはない。受付嬢は携帯をいじるばかりで何も見ちゃいなかった。俺はそのままエレベーターを降りた。 何食わぬ顔で新宿を…

エッセイ「ゴダールの古典性」

『勝手にしやがれ』でシャンゼリゼ通りを歩くジャン=ポール・ベルモンドとジーン・セバーグを、郵便局の台車に偽装したキャメラの移動車から広角レンズでぐらぐらと揺れたフレームから撮った頃のゴダールとクタールの創造的なコラボレーションは一度切りだ…

掌編小説『鼠の暮らし』

今考えると信じられないことだが。僕は中学生の頃合気道へ行くのが嫌で、サボって近くの図書館で時間を潰していた。そこは黒沢清のホラー映画のロケ地にも使われるぐらい郊外にある、小汚く無機質で地味で殺風景な死んだ建物だった。半地下にあるものだから…

映画評『ビッグ・アイズ』(2014)

歪んだ貌の果てに エイミー・アダムスの頭身は、ハイアングルあるいはローアングル、広角レンズによって歪められ、4.5頭身の醜い姿に映っている。 映画は、彼女の身体を戯画化したのみでは飽き足らず、逆光によってターコイズ色の瞳を輝かせ、まさにビッグア…

映画評『イエスタデイ』(2019)

『イエスタデイ』が並みの映画なのは冒頭の数ショットの連なりを見ればわかる。 通りで弾き語りをしているヒメーシュ・パレルの後ろ姿をロングショットで納め、画面をわざとスカスカにして誰も足を止めないことを示し、手前をやる気のなさそうに歩くウサギの…

映画評『めまい』(1958)

むやみに近づいてはいけない。遠くのほうにいるキム・ノヴァクへの接近は決して許されないのだ。だが、その距離の計測をむきだしとなった肉体と肉体とが接吻と抱擁によって絡みついて無効にしてはいながら、その叙情的かつ官能的な余韻までもがあえて中絶さ…

翻訳『モロッコ』(1930)

1街 男 糞つかまされた! ひでえロバだ、お前は 将校 とまれ!/とまれ!/休め! 軍曹 聞け、愚図ども/無事帰還したとはいえだ/こうはつけあがるなよ/「俺たちは英雄だ」/「酒池肉林の宴だ!」/馬鹿者め/しゃんとしろ/死んでも襟を正せ/いい加減にしろよ、貴…

映画評『ラ・ポワントクールト』

映画評『ラ・ポワントクールト』 アニエス・ヴァルダの『ラ・ポワントクールト』は極めて生々しい。 それは、ポワントクルートという漁村がほとんど抽象的に誇張された不自然さによって逆説的に高まるリアリズムが溢れているからである。 何しろ、登場人物た…

詩「フンババ」

不定形の龍の子を孕んだ自動車の残骸 黒々とした工場の廃液を吸って膨張する海月 硫酸の火傷に爛れた血肉が垂れる錆びた獅子 堅牢なる硝子の散りゆくありさま 干からびた眼にたかる殻 どこからか聞こえる歪な歪んだ歪曲した波長 水が燃え、炎が凍る もはや河…

映画評『フライトプラン』(2005)

だいたい、飛行機は平行な乗り物でなかなか高低差を作れなくてつまらないし、あの乗客席の並び方がどうもショットにしづらいと思う。ラストの非常用階段は良かった。 ジョディ・フォスターがセラピスト(メガネを外してキメ顔する芝居が印象的)からセラピーを…

映画評『貸間あり』(1959)

川島雄三といえば、覗いているようなあの視点から撮り続けた『しとやかな獣』が代表作であるとしきりに言われている。 確かに、かの作品の冒頭、伊藤雄之助と山岡久乃がちゃぶ台を片付ける様子から始まることからして、まさに川島的な映画である。だが、新藤…

映画評『ヨーロッパ横断特急』(1966)

陳腐な物語の実演をさらに皮肉がましく追体験する。この映画の監督を務めている男が脚本家として出演し、トラティニャンがほぼ本人そのものの役で空っぽの箱を持ち、行く先々に現れる娼婦に、悪党に、刑事に翻弄される。すべては組織が彼の力量を確かめる為…

映画評『踊子』(1957)

映画評『踊子』(1957) 色気、食い気に包まれた京マチ子に振り回される姉夫婦と田中春男演じる演出家の映画で、手前に物があって、基本的にカットバックやイマジナリーラインを乗り越えることは禁じられ、つねに覗くかのような視点から撮られてる。そうした傾…

映画評『不死身の保安官』(1958)

映画評『不死身の保安官』(1958) 「ジェーン・マンスフィールドときたらマリリン・モンローの物真似ばかりしてたんだ。まあ、幾分か西部劇のパロディじみた所があるね、『不死身の保安官』は」とウォルシュは言った。 マンスフィールドがスカートめくって露…

映画評 無造作な脚の誘惑『死の砂塵』(1951)ほか

映画評 無造作な脚の誘惑『死の砂塵』(1951) あれは確か『追跡』だったと思うが、主人公のミッチャムが少年時代に目の当たりにした拍車がついたウエスタンブーツの煌めきに囚われる映画だった。 『死の砂塵』もまたそうした脚についての作品であると言えるか…

映画評『ハイシエラ』(1941)

映画評『ハイシエラ』(1941) よれたスカートから細い脚を投げ出しながら、悪戯げに棒切れを弄んでいる女がいる。彼女はこちらに気がつくと、ふと愛くるしい瞳をむけてくる。 その如何にも悪女というような縦に筋が通った面立ちに負けないこってりとした唇は…

映画評『ベレジーナ』

映画評『ベレジーナ』(1999) 秘密結社コブラが、椅子で眠りこけるイェレーナ・パノーヴァの前に集う。意識を取り戻した彼女は顔をこちらへ向ける。切り返しで顔だけを向けて振り返るという『ヘカテ』のローレン・ハットンが初登場と結びのシークエンスで見せ…